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8月の終わり

定休日の今日は、
朝から病院へ行き、検査の結果を聞いてきた。

検査とは・・・

ピロリ菌除去の結果だ。


20年以上前に、ピロリ菌の検査をしたときは、

無い!

と言われていたのに、
今年の6月頃に、再度検査したところ、

有る!

と言われ、少しショックでした。

それから1週間、薬を飲み、
その後、どうなったか? という検査を先週し、
その結果が今日わかった。

無事に除菌されていた。

ホッとした~。


これからは念のため、
1~2年ごとに胃カメラ検査をするくらいで良い、と聞いた。


・・・ていうか、

「ピロリ菌除去のための薬を、飲む前に処方された胃薬は、
どうすればいいんですか?」

と尋ねたら、

「何か症状が出たら飲んでください。
2年以上は、日持ちしますから。」

と言われた。

ほぼ丸々、1ヶ月分あるんですけど・・・(笑)


ま~、いっか。



そして今日はこの後、
保険の最終手続きに行ってきます。

毎月の保険料、払っていけるか、心配ですが・・・


なんか、
いろいろと、
不安が無くなっていく反面、
違う不安が押し寄せてきている今日この頃です。。。


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8月23日

母が亡くなって、丸2ヶ月が過ぎた。。。


8月9日は、朝から会社の健康診断へ行き、午後は実家へ帰省した。
ところがこの日は、
朝から大雨洪水警報が出ていて、ものすごい土砂降りで、
実家の地域は、土砂崩れ警戒区域にも指定されていた。

そして夜、19時を過ぎた頃、突然の 停電

懐中電灯を探したが、電池が無く、
売るほどあるロウソクで灯りを得た。(笑)


翌日10日は、四十九日。

お寺に行き、祖母の十七回忌と叔父の一周忌も合わせて、供養した。

相変わらず停電したままだったが、
ある親戚の家だけ、通電しているということで、
その家に集まることにした。

軽く飲食しながら話していると、娘夫婦も到着した。

そのうち、
カラオケ大会(マイクにリモコンが付いていて、テレビに歌詞が出るヤツ) 
が始まり、各自2曲づつくらい歌った。(酒も飲んでいないのに、歌わされた私・・・)



午後15時を過ぎた頃、
実家もようやく通電したということで、帰った。

それからしばらくして、娘夫婦は、栃木へ帰っていった。


翌日も、雨はおさまらなかったが、
私の住んでいる市内は、雨が落ち着いているようなので、
早々に帰ることにした。

だって、
父と2人でいても、話すことは特にないし、
話すと具合が悪くなる。


よく周りの人たちに、

「お父さん、1人で大丈夫?」

って言われるけど、
今後の私の心配もして欲しいくらいだ。(笑)


父の心配は、していないわけではないが、
父の性格が直らない限り、どうにもならないことだ。
そういう意味では、とても心配だ。

母もいない、友達もいない、少し耳が遠い、あの田舎で、あのボロ家で、
これからどうやって行くのだろう・・・
と、考えただけで、私は気持ち悪くなる。

だから、あまり考えないようにしている。



実家のことは、
父が死んでから、考えることにしようと思った。

どうせ まだ先のことだろうから・・・。



とりあえず私は、
保険に入った。(今更!?)


これで少しは、安心が出来た。


あとは、できれば貯金をしようと思う。。。今更!?(笑)

7月の終わりに・・・

母が亡くなって、1ヶ月以上、経過した。

初七日やその他、いろいろなことを整理し、それなりに落ち着いた。

でも私は、不安なままだった。


1人で暮らす父のこと。
今後の実家のこと。
これからの私のこと。
父が死んでからのこと。


考えたらキリがなく、
少しでも頭に浮かんだら、気持ちが悪くなる。

だから、
なるべく考えないようにしているが、
ふとしたことで、思いつくと、途端に苦しくなる。


今、考えても、すぐに答えは出ない。

ならば、考えても仕方ない。

これまでの私は、
そう思って、考えることをやめるのだが、
今の私は、
考えないようにしても、思い浮かんでしまう。

じっくり考えるか、
誰かと話をすれば、
少しは解決するか、気が紛れるかもしれないが、
そんなこともできない。

ただただ、苦しくなる。



8月9日に、健康診断がある。
8月10日に、四十九日を迎える。
11日も休みを取り、3連休にしてもらったが、
その前後は、恐ろしく忙しい連続勤務だ。

それに加えて、この時期の暑さ!

毎日、疲れているのが、自分でもわかる。


いっそのこと、仕事を辞めて、ゆっくりしたい・・・と思うが、
辞めたら生活できないし、
なんなら今の仕事の忙しさが、いくらか気を紛らわしてくれる。

でも、暑さだけは勘弁して欲しい。



8月になると、ねぶた祭りが開催される。
今年は見物にも行かないと決めた。
仕事の休みがないのもそうだが、
暑さと忙しさで、そんな気にもならない。

とにかく、ゆっくりしたい。。。
涼しい家でのんびりしたい。。。



6月23日

20日。

父と二人で面会に行きました。

親戚と一緒に来て、現地集合後、
実家へ行き、帰りました。

この日の総移動距離・200キロ。


22日。

親戚と二人で面会しました。
行く途中、病院から連絡があり、

息が荒い・・・

と聞き、病室へ入ると、
痰がからんでいるような状態だったので、
すぐに吸引してもらったら、落ち着きました。

大きな溜息のような呼吸を2~3回し、
眠ったようなので、帰ってきました。

次の面会の24日は、孫(私の娘)が来ます

というと、あまり いい顔 はしていなかった医師・・・。




23日 1時45分頃。

親戚から電話があり、飛び起きて病院へ。
2時半頃に到着し、親戚の到着を待った。

その後しばらくして、親戚と共に、病院内へ。



母は息を引き取っていました。。。



3時過ぎ、
医師が来て、心臓の音を確認し、
死亡が確定しました。



まだ 温かかった母。。。



「これから着替えさせますね。」


担当の人がそう言って、
私たちはそのまま任せて、病院を出た。


朝にならないと、葬儀屋に連絡が取れないのだと親戚が言う。

一旦、各自、家に帰って、いろいろ準備をすることになった。


娘は予定通り、24日に来る。
私は、これから会社に連絡をして、実家へ行く。




転院して、ちょうど1週間だった。

結局、何も話を出来ないまま・・・だった。


最初に入院したときと、
放射線のための転院の時は、まだ話ができた。

放射線が終わり、元の病院へ戻り、
数日して初めて面会したときは、

「家に連れて帰ります、って言え!」

「地獄だ」

と、かすれた声で言っていたのを思い出す。




最初の入院から、約2ヶ月間。。。


もっと早くガンが見つかっていれば・・・

と 悔やまれてならない。。。











6月19日

まもなく仕事が終わる・・・という18時半。

親戚からの着信が!

気付いたが、仕事中で、出れなかった。

急いで仕事を終え、自家用車の中で、折り返し電話をかけてみた。

すると、

「今日、病院から連絡が来て、
面会が週3回になったよ・・・」

という。



つまり。。。


転院して1週間もしないうちに、
週1の面会が、週3にまで増えるとは、
よっぽど・・・。



ちょうど明日(20日)が休みなので、
また病院で親戚と現地集合し、面会に行くことにした。

一応、明日の朝、父にも連絡し、
一緒に行くかどうか、聞いてみるつもりだ。


県外に住む私の娘にも連絡しておいた。

県外 なので、面会できるかどうか、
明日、病院に確認してから、また連絡する・・・と伝えた。



いよいよ・・・ なのだろうか。。。